ガラケーの話です。
一般的には、「ガラケーとは、ガラパゴス携帯の略で、いわゆるスマートフォンが登場する前の「普通の携帯電話」のことを意味する」そうですが、ここにおいては、「ガラパゴス経済」について語られます。
ちなみに、この「ガラケー」の反対物について、モンサント「米」倉が、述べているのが、「21世紀型の貿易と投資のルール」で、世界が巨大なマーケットに飲み込まれるってことです。お客様に頂く、古新聞で、目に留まったのでスキャン。さすが、読売。読売はじめ、首相と会食している大手マスコミ一覧表は、ここ(赤旗4月11日。東京新聞社長はお招きされてない)に。
さて、次は、「ごんぎつね」について、書くそうです。(泰子 4月20日)
世界が無法状態となる時、私たちは、私たちの国はどう対処するのか。資源は? 食料は?
2通りの対処法を考えてみましょう。
一つめは、武力に頼る。自民党などが想定するシナリオです。国土を防衛しつつ、死活問題となる資源・食料は強力な後ろ盾をもって確保する、というもの。核保有の潜在力は不可欠と考えられ、政、財、官、の不文律として横たわり、原発がなくならない理由でもある。予想以上の国民が、暗黙のうちに支持している。この国は、いよいよ、自立とはかけ離れた状態になり、第2次大戦の轍を踏むことになるだろう。
もう一つは、自立の道を急ぎ、世界経済から少しずつ身を引いていくこと。TPP不参加のリスクを負い、国内に眠る資源を掘り起こし、省資源、持続可能な産業の育成に力を注ぐ。食料自給率80%達成が重要なカギとなる。
ガラパゴス的発展を模索する。
ガラパゴス諸島は、いくつもの島で構成されるが、フィンチ(ヒワの一種)は、島ごとに変異をとげた。つまり、ガラパゴス諸島では、いくつかの種が特有の変異を成し遂げたが、その内部では、さらにそれぞれの島固有の進化が見られた、ということだ。
己を主張しながら、争いを避ける。
孤立を求めず、孤立を怖れず。
グローバルな世界は、少数の巨大企業のマーケットとして、一様均質な世界へと向かっている。大洋も山脈も国境も越える潮流のただ中で、固有の文化を保持し続けるのは、容易ではない。
グローバリズムに抗う、宗教も社会制度も持たぬ我々が、それを達成できるとすれば、人々が己の足で立つ心地よさを選びとることが前提となる。その時、人々が取り戻したいのは、先人の智恵であり、足元の風土を感じ取る力だ。
風土に即して、それぞれ多様な道を歩む世界は、混沌?
いえいえ、百花咲き乱れる景色こそ、調和した世界の姿です。(晃 4月19日)