最近はいつもプロローグから順番に稽古をしています。
遅刻して来たので丁度通しが始まるところでした。音の材料が少し増えていました。お客さんの死角になる場所をなくすために、少し位置を変えました。正面から見ていないのですが、風景もきれいになったと思いました。
それから、もし客席で赤ちゃんが泣いていたら?という話をしました。なんとなく、舞台の空間、というのは役者さんの意識の広がり、はアクティングエリアの中までってぼんやり思っていたんですが、時には客席も入っているし、時には劇場の外も入っているし、お客さんの意識の広がりかたに対応しているんだなとおもいました。そういえば、お客さんとして舞台を見ているとき、赤ちゃんが泣いていたりすると、赤ちゃんの泣き声をがんばってシャットアウトして作品を見るんだけど、舞台の上の人が赤ちゃんに反応して、赤ちゃんが泣いていることまで舞台に入ったら、お客さんのがんばりはいらないよね、と思います。そんな話をしました。
稽古場が9時までだったので、そのあと、個人個人がチェックをしたり、お互いに話したりしました。そのときに、飯田さんから形と物語の話を聞きました。形は、構図・位置とか段取り・タイミングにかかわることで、見やすかったりわかりやすかったりするために大事です。物語は、形が出てくるように、準備するものです。シーン中によくあるダメ出しで、「思いの方があまる」「感じる以上のことをしない」とか「エネルギーの方が動きより先」というダメ出しがあるのですが、ふつうに感じ始めようとすると「形」より遅かったり早かったり、小さかったり大きかったり、短かったり長かったりするので、形が出てくるように物語を作ったり、気持ちの切り換えスイッチを準備したりします。でも、いろいろ準備しても、うまくいかないこともあるし、赤ちゃんが泣いていることもあるし、それが楽しいんだよね、という話をしました。
台本がないので、ふつうの・数の多いジャンルの演劇ではないと思うのですが、演劇のいちばん基礎的なことをやっているんだなあと思います。
西邑